ブログをやり始めて、昨日、
最初の「ずる休み」をしてしまいました!
ごめんなさい!
昨日、中央線へ紅葉を撮りに行ったのは良いのですが、
早朝家出だったのと、
今日は夜中出勤ときてまして、
気力が持ちませんでした。
極力、ずる休みは避けるよう努力します。
薮原付近まで行きましたが、
とても綺麗な紅葉でした。やはり平地とは色が違いました。
近いうちに公開します。
では、本日の内容にまいります。
表題に関しまして、
僕が子供の頃は、両親と姉2人の
5人家族だったんですが、
僕が中学2年時点で、姉2人は嫁いで居なくなり、
オマケに貧乏家でしたから、姉が居なくなる前も、それからも
1回も「家族旅行」なるものをしたことが無く、
これからお見せする、
黒部峡谷鉄道と、
行き帰りに、好きな列車に乗せてやる
という、父親の鶴の一声で、
最初で最後の3人家族1泊旅行となりました。
時は、1985年7月26~27日
往路は、かねてから乗ってみたかった、
名鉄キハ8200系、特急北アルプス
特急ひだは全て、高山・飛騨古川止まり
富山直通は、なぜか私鉄特急に任せるという、
いかにもやる気の無いダイヤになっていました。
では、写真公開にいきましょう。
まずは、「北アルプス」に乗るため、
犬山へ向かいました。
待っていると、
7000系 「特急 明治村口」行きが
入線してきました。
今は、駅名が「羽黒」駅になりましたが、
当時は、明治村へ行く手段は
犬山の次の駅の「明治村口」からバスでした。
この特急は、犬山で「普通」に変わりました。
ハチャメチャな運用ですね。
「特急 北アルプス」の乗客になりました。
とても興奮しました。
座り心地は、キハ82よりも柔らかくて最高。
不思議な空間でした。
高山からは、乗客もまばらに。
途中ですれ違った国鉄車両。
富山に着きました!長かった~。
5時間くらいかかった気がします。
一番端っこで、改札口まで遠いこと!
国鉄車両ばかりの富山で、
キハ8200系は、とても輝いていました。
一昔前は、更に富山地鉄まで乗り入れていたなんて、
すごいことですよね!
特製サボも、社名板も(字体がスゴイ)、チョーカッコイイです。
国鉄車両に負けていない、
貫禄十分の顔です。圧倒的な存在感です。
この世に1両も残されていないことが
残念でたまりません。
ホントに素敵な車両でした。
しばらく、この旅行で撮った
今は亡き車両たちを公開していきます。