悲報 美濃太田駅 「松茸の釜飯」 60年の歴史に幕 本当にありがとう!
無くさなければいけない事(人・物・僕)が、無くならず
無くならなくても良いことが、無くなってしまう
世の中の理不尽に、悲しくなるナゲーです。
ということで、表題の通り
昨日になって初めて知って
すごく衝撃を受けました。
小学生の頃から何回食べたのかも
分からないほど食べた
JR美濃太田駅名物「松茸の釜飯」が
販売を終了すると聞き、
目の前が真っ暗になりました。
個人的には、あの「峠の釜飯」よりも美味しく、
日本の2大駅弁釜飯(と、僕が勝手に思っている)の
頂点に(僕の中で)君臨する「松茸の釜飯」が
無くなってしまう事実を、どうしても受け入れることが出来ず、
販売最終日の今日、2019年5月31日、
断腸の思いで、美濃太田駅へ行きました。
自宅からクルマで約50分。
完全に気持ちが焦って、駐車場を必死で探し
駆け足でホームへ。
すでに人だかりが・・・・・。
マスコミも数人。
釜飯は残っているのか・・・・・!
ありましたぁぁぁぁ!けど・・・・。
窓には、無情の張り紙が・・・・。
悲しいです。悲しすぎます。
早速買い求め、お店の大将と、しばしお話し。
日曜日も無く、毎日売り続けて、
だいぶ疲れたと、おっしゃっていました。
ほんとに今の車両は窓が開かないし、
停車時間は短いし、買いにも降りてこられない。
売れなくなる環境が整いすぎました。
大将に、写真を撮ることをお断りして
撮らせていただきました。
よく、しまい忘れて駅員さんがしまったこともあるそうです。
しゃもじ形の看板。
釜飯の入れ物に似せた建物。
お客さんを待つ、松茸の釜飯たち。
報道されたのは5月9日らしく、
僕がいかに、いい加減に新聞読んでるかが分かりました。
「特急ワイドビューひだ 高山行き」が到着しました。
急行「のりくら」や「たかやま」など
たくさんの列車を見送ってきたんですね。
停車時間は、わずか2分。
スピードアップの影で、こうゆう旅情が
犠牲になってしまいました。
庶民の楽しい列車の旅が、どんどん消えていきます。
数名のお客さんが、わざわざ列車を捨てて
釜飯を買いに降りてきました。
大将によると、遠くは東京から
釜飯だけを目的に来た方もいたとか。
先週ぐらいから、メチャクチャ忙しいと言っておられました。
買った釜飯で、ちょっと演出。
てんてこまいでした。
毎日こうだったら、後を継ぐ方も
出てきたのかなと、本当に残念です。
小さい頃から、本当にお世話になった「松茸の釜飯」
一生忘れません。忘れられません。
最後に、大将にお礼を言って
握手をしてもらいました。
長い間、本当にお疲れ様でした。
年をとったせいか、泣けてくるナゲーでした。
1991年7月2日の、美濃太田駅の様子です。
大将でしょうか?
列車が到着して、一段落する様子です。
休むこと無く、みんなの胃袋を満たして下さった
「向龍館」の皆様と、「松茸の釜飯」に
最大限の敬意を表します。
本当にありがとうございました。
寂しくなります。
最後に釜飯の内部を公開します。
1000円出しても惜しくない、本当に美味しい弁当です。
特大の松茸、美濃のかしわ。
フキやゼンマイなどの山菜ずくし。
味の染みたごはん。
本物の陶器の入れ物。
贅沢の極みです。
本当に最後の「松茸の釜飯」
今日の夜は
少しずつ噛みしめて、思い出に浸ろうと思います。
さようなら。