アイフルホーム・・・、タマホーム・・・・???
ステイホーム週間から、
ステイホーム月間に変わり、
ナゲー家内も、完全ヒマ状態に・・・。
子供のテレビゲームに付き合ったろか!
ん?誰かに似てるぞ?もしかして・・・・。
(実在の人物とは一切関係ないと、子供は言ってます)
え?これやるの?
いいの?ボコボコにしちゃって良いのかなぁ?
おう?ナゲーが、この人を操作するの?そうか!
大ナゲー帝国の力を見せつけてやる!
ゴングが鳴った!
「絆さえあれば、敵を撃破出来る!」
ゲボッ!ボディーに一撃くらっちまったぜ!
クソッ!フックだ!ボディーだ!チン★ンだ!
安「倍」にして返してやるぜ!
「アベ」シ!グボッ!アウググギュ!
顔面にヒット!空中を舞ったぁぁぁぁぁ~!
チ~ン・・・・・。
ああああああ!スッキリした!
(やられてるのにスッキリするナゲーです)
子供がやることだから、勘弁してね!
ということで、暇つぶしにもならない
ナゲーのブログ、進めて参ります。
本日は、1993年11月期に撮った
ナゲー勢力圏の鉄道汚写真
ご紹介して参ります。
自らのカメラで初めて撮った、今でもナゲーの大好きな
「あの伝説の車両」も、初めて登場します。
1993年11月9日。
JR東海道本線・垂井~南荒尾信号場間。
1枚目は伊吹山と撮ろうとして、
やってはいけない「尻切れ汚写真」になってしまいました。
JR東海さん「キハ85系・団体列車」
JR西日本管内に入線させる前の地ならし的に
米原まで入線させて、折り返し来た団体列車。
2両編成のキハ85系は、珍しい編成の組み方でした。
JR東海さん「117系」
国鉄時代の1979年に誕生、
東海地区には1982年に「東海ライナー」で投入
2014年に他界しました。
国鉄形は、どっしりとした走りで安定感があって
とても良い車両だったんですけどね。
1993年11月日付不明。
毎年恒例行事だった、冬に備えてのラッセル車試運転。
前方に付いている鉄板みたいなモノを
両側に広げて、雪を線路内より掃きだす仕組み。
横へどけるだけなので、豪雪は無理。
(ナゲーはいつも、横へどかされます)
2013年に廃車になって、
JR東海さんから機関車が消滅しました。
(ブルートレイン廃止の口実にされました。残念です)
またまた「117系」
米原方面の列車は、117系が中心的に
使用されました。
「快速」表示ですが、大垣~米原間は
全列車が各駅停車になります。
(快速なのに普通だから、オカシイですよね!)
JR貨物さん「EF65形1000番台」
数年後には、ほとんどが「貨物更新色」に
塗り替えられてしまいましが、
塗装簡略化に方針が転換されて
国鉄色に、どんどん戻されています。
国鉄人間としては、うれしい限りです。
1993年11月17日。
出ました!ナゲーの大好きな車両!
JR東日本さん「581・583系 寝台・座席両用電車」
史上初めて、583系が関西本線に初入線したときの様子。
どこがカッコイイのかと言われても、
説明が出来ない程のカッコヨサナンデス!
青い色といい、形といい、鼻水も涙も出ます!
国鉄時代の1967年~68年にかけて誕生した、
昼は座席特急、夜は寝台特急として、
「24時間ハタラケマスカ?」
休憩時間が無い、チョー時間外過重労働電車でした。
(ナゲーの会社は、イジメが横行しています)
ナゲー生息地方では、
昼は「特急しらさぎ」で、名古屋から富山まで、
昼夜分かたず、働き続けた電車でした。
その為に老朽化が激しく、第一線から早く退き
(ナゲーも老朽化が著しいです)
その後は臨時列車等に使用され、2017年に引退しました。
桑名~長島間。
四日市まで行って、折り返して来た電車を
揖斐川堤防上から記録しました。
寝台電車らしく、夜明けの撮影だったので
シンボルの青色は、見事に発色しませんでした・・・。
ナゲーが大好きになった理由、
カギは、オヤジが撮ったオヤジカメラ写真が発端ですが、
内容は、ゆくゆくご説明していきます。
(聞いたって、ショーガナイデスケドね)
興奮しすぎて、この時の記憶がほとんど消えている
1993年11月期の、鉄道汚写真でした。
ちょっと復活シタヨ~
今日はこの辺りで失礼します。