某国内閣が、公務員定年延長法を隠れ蓑に
お友達検事の定年を延長させて、
私腹を肥やそうとしておりますが、
ナゲー国・国会でも、ナゲー検事(実は兼任なんです)の
定年を延長する法案を審議しております。
ナゲー国・野党(3人+ネコ)から、
火事場泥棒とか、ナゲーの私利私欲だと批判が出ておりますが、
ちゃんと三権分立は成り立っており、
(兼任だから、成り立って無いと思うけど)
ご指摘のような批判は、全くあたらないと申し上げておきます。
こんな人達には、負けるわけにはいかないんですよ!皆さん!
どうなるかというと、
ナゲー総理がどんな事をしても、不起訴になります。
(勝手に家計の財布から、ナゲーの財布にお金を移動させるとか)
どんな文書を改ざんしたり、破棄しても罪に問われない。
(給料明細を偽造して、総額を少なくして残りはナゲーの口座に)
ナゲーが買ってきたネコの必需品を、高額でナゲー家に転売。
(ナゲー家予算に損害を与えても、罪に問われない)
今週中に強行採決を構えて、ナゲー国世論に叩かれるナゲーです。
ということで、人間の醜い部分を見た後、
気を取り直して、普段撮れない車両を撮りまくった
電車ばかりの汚写真ですが
ご紹介して参ります。
ナゲー反対デモは、蜜なのでおやめ下さい。
1994年1月11日。
この日以来行ってませんが、変化してますかね?
天王寺から、以外と遠かったのを覚えております。
行きに撮影場所の目星を付けておいたので、
阪和線・長滝駅で下車。
テクテク歩いて、開けた場所に陣取りました。
さあ!撮りまくるぞ!
見たことネ~電車がどんどん来ます!
野上電鉄のトラウマが消え去るよう。
先ずは、「113系・阪和色」
(ブルーライナーと言われたみたい)
京阪神間は、別形式の「153系」が使用されましたが、
1972年に、阪和線の新快速として、
153系と同じカラーリングにされて登場したようです。
2011年までがんばりました。
「デカ目」の113系も、懐かしいです。
「103系・通勤形電車」
1963年に誕生、阪和線には1968年に投入
2017年まで、元気に走りました。
前照灯は最初1つ目でしたが、
上写真の113系デカ目同様、
ロービームにしたときに、ほとんど照らさない状態なので
順次「ブタの鼻」と言われる、2灯に改造。
(最近、ナゲーも視力が低下傾向に。老ガンに罹りました)
細かいことを言うと、「前照灯」では無くて「前部標識」と言います。
あくまで列車の存在を相手に知らせる役目で
前方を明るく照らすヘッドライトの意味ではありません。
(ナゲーの頭も、明るく照らすというハゲではありません)
SL時代は、かなり後方に運転室があって
前方を照らしても全く見えない状態で走っていましたので
その名残が、鉄道の規則として残っています。
(かなりアバウトな説明でスミマセン!)
「世界リゾート博」と書いてあります。
こちらも、上の写真と同じ「103系」
1974年誕生のグループは、
視認性向上や踏切事故対策で、高運転台化。
のっぺりした顔になってしまうので、ステンレスの飾りを付けたようです。
通勤形がモーターを唸らせての高速運転は、圧巻でした。
国鉄特急色キタ~!てか、これしか走ってませんでしたけど。
「381系・特急形振り子式電車」
「特急くろしお」の上下列車。
1973年に誕生して、カーブの多い路線に投入
1978年から走っ「た381系特急くろしお」からは、
2015年に撤退しました。
カーブに入ると遠心力を利用して傾き、
速度を落とさないで走ることが出来ました。
カーブから抜けるときに「振り子」のように振れ戻しがあって、
船のように揺れたので、乗り物酔いが続出。
(いわゆる、ゲボを吐くということ。説明いらんわ!)
乗務員さんからも酔う人が出てきて、
かなり困りモノだったようです。
(ナゲーも、電車が好きなのに乗り物に弱い方です)
こちらも国鉄形「205系。通勤形電車」
1985年に、新開発の台車(車輪とか)
制御装置(電車を動かす電気装置)を搭載して
東京の「山手線」で運行を始めました。
現代のステンレス車全盛時代の礎を築きました。
(ナゲー国の礎を築いたナゲー。某国へ領土侵略計画中)
阪和線用205系は1988年、前面展望を考慮して
窓を拡大したバージョン。
(社会の窓も拡大中。どうするの?)
もう、国鉄色ばかり走ってて、デレデレ興奮状態のナゲー。
ヤメラレナイ、トマラナイ状態に陥りました。
シメにもう1度、113系阪和色を撮って、
1時間程度の滞在を、クソ満足して引き揚げたナゲーでした。
車両の汚写真ばかりで、スミマセンデシタ。
(他人の気持ちを全く考えないナゲーです)
今日はこの辺りで失礼します。
モウエエワ・・・・。