某国首都で、またまた多人数の感染者が出たことについて、
「積極的にPCR検査をしたから出た結果」
と、仰っていた政治関係の方がお見えですが、
じゃあ、今まで消極的に検査してたの?
そうか!だから、ナゲーファミリーでは感染者が出ないのか!
ナゲー国では、あらゆる事に消極的だもんなぁ~。
だいたい、ナゲー総理大臣が消極的ヒューマンなので、
何をするにも遅いし、遅れ気味。
それにしても「夜の街」は、
なんで横文字で言わないんでしょう?
直訳すると、「タウンオブナイト?」
語呂が悪いのか!
「夜のナゲー」は、横文字にするとどうなるかな?
「ダークナゲー」・・・・・、カッコエエではないか!
(ちょっと違う気もしますが・・・・)
ちなみに、エレクトリックカイロ高校卒業のナゲーです。
(電気回路?高校は電子化卒業です)
ということで、消極的ナゲーブログ、
本日も進めて参ります。
今回も、非常につまらん汚写真の公開です。
1995年8月11日
といっても、枚数が少ないですので
今日も、サーッと流しそうめん的にご覧下さい。
始発駅は、JR豊橋駅。
1992年12月から運行を開始していた
「急行・伊那路」が、停車中でした。
電車はJR東海さんの「165系急行形直流電車」
昭和の中頃時代に全盛だった急行電車に付けられた
「ヘッドマーク」を模して作られた、特製マーク付き。
車体横の、特大JRマークも
小さいシールに変更されて車端部に貼り付け。
ハイ、もう乗り込んでいる写真です。
低速走行ですが、風がビュービューで真夏でもチョーキモチー!
大人の皮を被ったクソガキナゲーも大はしゃぎ!
中部天竜駅までの2時間半、アッツー間でした。
JR東海さんの目的は、
ただでさえ遠かった、佐久間レールパークへの誘客。
この日は見学せずに、折り返しのトロッコにも乗車。
飯田線のチョー有名撮影地、
「渡らずの鉄橋」を走行させるために
水窪駅まで回送させたという話も。
とにかく、往復だけでも5時間近くかかるので、
トロッコ列車も結構早い時間に、折り返してきます。
とにかく速度が遅いので、
上下の定期列車を待避のため、長時間停車。
機関車は「ED18形」、元々はイギリス製の機関車。
1925年に輸入したモノを
飯田線で使用する目的で、1953年頃改造されたようです。
トロッコファミリー号運行初期は、
ヘッドマークが付けられていましたが、
大正~昭和初期の雰囲気を出すために、
ヘッドーマークは外されました。
大正時代の電気機関車が、
気合いで走ったせいなのか、
2005年に致命的故障を起こして、
トロッコファミリー号から引退したようで、
現在は、リニア・鉄道館で保存されています。
(ナゲーも致命的故障をしておりますが現役)
帰りも乗るお客さんは、とても少なかったです。
なので、車内もきれいに撮れました。
帰りはみんな、早く帰りたいですもんね。
国鉄時代には無かった、座布団のおかげで、
木製の椅子ですが、痔にはならずに済みました。
こうゆう楽しい列車が、
最近は少なくなったので、
佐久間レールパークは無くなりましたが、
また走らせて欲しいなぁと思う、オコチャマナゲーでした。
目を丸くするほど、ツマラナイ・・・・・。
今日はこの辺りで失礼します。