某国防衛省が、ナンチャラシステムを断念という
ニュースが破門を広げていますが、
(破門?そういえばまだ任侠野鳥の会破門の連絡が来てないなぁ)
実は、ナゲー国敷地内にも 「イージス・アホヤ」
(地上ハゲ形ミヒャエルナゲー激システム。なんじゃそれ?)
を、配備する計画が進んでおりましたが、
誤って自宅を攻撃するという、システム不備が判明し、
(自国民が死んだら意味無いよね?)
ナゲー暴衛大臣(暴力的に衛る・総理大臣兼任)が導入を断念。
特定指定抗争暴力国からの攻撃が懸念されるナゲーです。
(どんなシステムかは、各自判断して下さい。丸投げかよ!)
ということで、ナゲー的ブログシステム
本日も、進めて参ります。
今回は、1995年になって初めて行った、
鉄道ドマニアの性地(字がチガ~ウ)聖地、
(獄地と言った方がいいのかな?)
鉄道汚写真をご紹介して参ります。
何が聖地かというと、当時の北陸本線は
「特急街道」と言われてまして、
国鉄形車両の特急が、次から次へと来て、
フーケーもそれなりに良いところで、
ナゲーを含む鉄道ドマニアが、わんさか集まる場所。
ちょっと時代に取り残され気味だったナゲー。
新疋田駅デビューが遅くて、
以来、ナゲーのナゲー(長い)聖戦が始まった歴史的場所でもあります。
今回は、ちょっと線路に近い場所から撮った写真も有りますが、
先人ドマニア達が付けた人道もあり、
線路を横切って農作業に行く地元の方が付けた道もあり、
そのような所から撮影した写真もありますが、
特段注意を受けることもなく、マナーもまだ良かった時代ですので
その点をご考慮いただいた上で、
ご覧いただければ幸いであります。
ナゲー国から新疋田駅までは、
クルマでおよそ2時間の道のり。
午前3時頃の出発で、現地到着は5時頃。
特急列車が走り出す前の時間から撮影に臨みます。
この時は、小学校からの唯一の友人と出撃しました。
1995年8月16日。
特急列車が走り始める前の露払い的な
「419系」普通電車。
581・583系寝台・座席両用電車からの改造車で、
この写真は、原型を保った側。
反対側は、有名な「食パン電車」
すでに引退して、この世には存在しませんが、
亡くなる前に、583系の国鉄色に塗ってみてほしかった。
夏の間だけ運転された「臨時夜行急行・あおもり」
遠く青森から、大阪へ向けてスパート中。
電車は、個人的には受け入れられない色に
なってしまった「583系寝台・座席両用電車」
この前身紫は、さすがにゲキレツでした。
この色塗りは、あまり長続きしなかったようです。
「特急加越」とか「特急しらさぎ」は、
いつも撮れると思ったので、
今から思うと、「ナゲーはアホか!」と思いますが、
あまり撮ってないんです。アホですね。
古くなった国鉄形を全滅させる目的で投入された「681系」
当時は「特急スーパー雷鳥・サンダーバード」というナゲー列車名。
(英語読みすると、スーパーサンダーバード・サンダーバード??二重?)
じゃあ、白鳥はホワイトバード?
ナゲーは?ブラックナゲー。(差別やね。違う。腹黒いだけ)
写真は、1995年に登場ホヤホヤの量産型。
8時頃に新疋田駅を通過していた
特急電車がたくさん走る時間帯を走るため、
特急とは名ばかりで、電車特急によく追い越されました。
この時すでに、「寝台特急つるぎ」は廃止。
ズルートレイン・日本海は2往復あって、
片方は函館までの運転。どっちだったかは失念。
この日は、一番ケツに
バイクを積み込んだ「モトとレール」が
元「郵便・荷物車マニ50形」が連結されていました。
ブルートレイン日本海は、2012年に事実上の廃止となりました。
移管されるため、JR直通特急廃止の前段階で事実上の廃止にされました。
ちょっと場所を代えて、軽い登山。
お馴染みの「特急しらさぎ・名古屋行き」
(たまに、サンバーダードと言っちゃいます)
引っかけバック照明マークから、
幕式ヘッドマークに交換されていました。
ガラスが汚れていると、めちゃくちゃ見にくいです。
(ナゲーの顔も、めちゃくちゃ醜いです。差別や!)
コンナンも走ってました。
1988年に誕生して、特急加越の速達タイプとして
運転されましたが、あんまり加越との差別が分からなくなって
1997年に、特急加越に統合されました。
メインは上越新幹線・長岡から金沢を結んだ
「特急かがやき」の車両だったんですが。
なんで列車名にはない「スーパー」が付いているのかも「?」
「ウルトラ」が付いた列車名は無いですね。
(実はナゲーは、N78星雲から来たウルトラナゲー)
小浜線沿線へ、海水浴客を運ぶ
「臨時快速・マリンわかさ」
車両は 「キハ181系特急形気動車」
1968年に登場して、
キハ80系の非力なエンジンから、
1基500馬力の強力エンジンを各車1台搭載し、
大幅なスピードアップを実現。
2010年に引退して、ミャンマーに渡った車両も。
海で泳ぐと、たぶん溺れるナゲー。
「マリンとしより」とかも運転してほしかった。
(当時ナゲーは、自称23歳でまだ若かったですけど)
まだまだ撮りましたので、続きは次回へ。
続くのかよ~・・・・。
今日はこの辺りで失礼します。