残念ながら、ナゲーはスキーが出来ません。
(このお話、以前も書いたような・・・記憶障害)
なぜかというと、虎馬になる出来事があって、
(トラウマも漢字で書くと強そう!カッコイイ!)
今でも思い出すと、自然と涙と鼻水が溢れ出して
あの時の悪夢が甦ります・・・。
そう、忘れもしない、高校卒業記念で
クラスメイトと長野県のスキー場へ夜行バスで往復して
現地1泊したときのこと。
スキー童貞のナゲーは、ウキウキして
「これでスキー童貞は終わりだ!」と
衣装も板もレンタルして、いざ初心者ゲレンデへ!
ゲレンデに出ると、「ユーミン」さんの
「恋人がサンタクロース」が流れ、
否が応でも気分は最高潮!(気分だけ)
上手なヤツが一緒に居たので、教えてもらいながら
何とかリフトに乗りました。
頂上に到着したとき、その悪夢が発生しました。
チョー初心者なので、リフトから降りた瞬間、
あろうことか、うまく滑れずに尻餅転倒!
係員さんが「う゛ぁぁぁぁ、危なーい!」
振り向くと、後ろから無人のリフトが、
ナゲーの頭めがけて高速で突進してくるではありませんか!
「頭下げて~!!!!サ・ゲ・テーーーーー!!!」
瞬間仰向けになり、ナゲーの頭上を無人リフトが通過・・・。
足から引っ張り出されました・・・・。
友人を含めて、その場はドリフ大爆笑状態・・・。
その日は部屋で引きこもりになり、
スキー童貞は卒業出来ませんでした。
おまけに帰りの夜行バスで乗り物酔い・・・・。
以来ユーミンさんの、その曲名はナゲーの中で
「恋人がサタンクローズ」になり、
「恋人がサンタズロース」になり、
「恋人はサンザンクロウスル」になり、
冬のスポーツは、トーミンする事にしたナゲーです。
(写真はスポーツですが、冬でも活動します)
ということで、冬眠しないナゲーブログ
本日は、冬眠明けの1999年3月期の鉄道汚写真、
ご紹介して参ります。
滑り放題の汚写真ですが、ご辛抱願います。
1999年3月1日。
左側は1000系パノラマsuper増結用の
「1800系 or 1850系」外観からの見分けは
ナゲーには不可能。
1800系は新造車。
1850系は7500系パノラマカーの部品再利用車。
右は、ご存知の「7000系パノラマカー」
どちらも仕事に向けて、スタンバイ中。
この時期、鬼のように撮っていた
JR貨物さん「EF65形1000番台」の1138号機。
国鉄色が末期状態でしたので、
何でも撮ったれ!状態に陥りました。
たくさん出てきますが、ご了承下さい。
1999年3月3日。樽見鉄道 本巣駅。
夕方発送の「高山本線・坂祝行きセメント列車」
夜の列車が重量級なので、
「TDE10形」が、すでに重連で運用に入ります。
5号機は、元・国鉄DE10形149号機。
「汽車製造」という会社で1969年に製造されたようです。
樽見鉄道さんの貨物輸送廃止で、帰らぬ人となりました。
1999年3月4日。
1999年3月8日。連投スミマセン!
番号の違いだけでお許し下さい。
稲沢や名古屋への検査行き貨車と、
南松本行きセメント積みが混在しています。
樽見鉄道 糸貫~北方真桑間。
先程と同じ、夕方の列車の走行シーン。
DE10形の重連は、迫力ありました!
1999年3月10日。
1999年3月11日。
上段の「EF65形1048号機」は初期形の部類。
パンタグラフの形が違います。
貨物更新色塗り立てホヤホヤ。
緑と黒のマダラ編成。
これだけ執念を燃やすと、もはや手の施しようが無いナゲー。
1999年3月14日。
早朝5時台に出発した「快速きそスキーチャオ・中央本線藪原行き」
第3セクター会社運営の「チャオ御岳スノーリゾート」への
スキー客を輸送するために設定された列車
でしたが、鉄道輸送の目論見が大幅に外れ、
ほとんど空気輸送状態が続き、
JR東海さんは、スキー場運営から撤退。
更に御嶽山の噴火でお客さんが激減、
2019年時点で、施設は放置されているようです。
列車自体は何年に運転中止になったんでしょうね?
同日。JR東海道本線・穂積~大垣間。
JR貨物さん「EF66形12号機初期型車」
EF66形にも、更新色化が押し寄せてました。
淡い色になって汚れが目立って、
かわいそうな状態でした。
初期形はオデコのひさしが無いですが、
JR貨物に移行後、取り付けられました。
またまたです。
こちらも初期形ですが、ナンバープレートは赤色に。
パンタグラフでしか見分けがつきません。
岐阜~木曽川間。
1063号機は、さっきも出てたような・・・・。
もう、記録状態も末期症状のナゲーでした。
今回は、EF65まつりということで・・・。
女王陛下・御実家のネコ
大好きな「ブーちゃん」と
格闘遊びするノンノちゃん。
1998年5月13日。
今日はこの辺りで失礼します。