新疋田聖地巡礼2002 国鉄原色主義、ついでにパンまつり
自称独立国ながら、
自前の医療施設を持たないナゲー国は
(心霊医療だったら毎日ナゲーが施術しておりますが)
岐阜近郊の医療施設を頼らざるを得ない状況で、
まさにコロナ禍で、ナゲー国の医療体制は
逼迫して崩壊しております。
(財政的にですけど)
ナゲー自身も、とうとう50歳代に突入し、
全身検査(特に股間と尻)の必要性を感じていますが、
毎年、ブラックホール会社から
「¥安いから人間ドック受けないか?」と言われ、
会社の言うことを鵜呑みにして受けると、
そのまま会社に抹殺されるのではないかと
細心の警戒を払い、頑なに拒否しております。
それ以上に、なんと言っても人間ドックの、
自らが、痛み悶え苦しむ検査をやる気にはなれず、
その前に精神が崩壊しているので、
精神ドックを開設してほしいナゲーです。
※ 「ドック」という言葉的にもちょっとイヤなので、
「人間ピットイン」とか
「人間全般検査・人間重要部検査」とか
(これ、電車を検査するときの名称)
「人間ホットドック」とかにしてほしいです。
(ナゲーをホットドックにしたら、油だらけで高カロリーです)
ということで、
ブログドックに入ったほうがいいナゲーブログ
本日は、もう何回行ったか忘れてしまった
(やはり脳ドックぐらいは受けた方が)
鉄道ドマニア、かつての聖地・新疋田2002を
ご紹介して参ります。
人間ホットドックには、じゅうぶん御注意下さい。
2002年の聖地・新疋田は
まだまだ、国鉄色が元気だった時代。
だけど、その数は確実に減少していました。
国鉄原色主義組織ナゲス指導者・ナゲー師としては
勢力縮小に抵抗を示していましたが、
多JR色軍に侵攻され、風前の灯火に。
過渡期にあった聖地・新疋田を駆け抜けた
国鉄色を中心とした、数々の車両の汚写真を
大量放出致します。
すっ飛ばしてご覧下さい。
この年は、なぜか数度、新疋田へ巡礼しております。
2002年4月25日。
「加賀百万石まつり」マークを付けた
JR西日本さん「475系」
最近、えちごときめき鉄道さんへ移籍した車両が
国鉄色になって復活しましたね。
また、行きたいところが増えてしまいました。
583系寝台電車から改造された
「419系」正統派の顔。
春の北陸パンまつり開催中とのことで、
「食パン」419系。
もういっちょ!
おでこ広!顔デカ!ペッチャンコ!
こちらが食パンの改造前
JR東日本さん「583系・寝台座席両用交直流電車」
ヤッパ、カッチョエエですね。
何気なく、当時ナゲーが乗ってたクルマが・・・。
この日は、この583系が目的でした。
2002年5月17日。
上り(大阪方面)の貨物列車は
撮影時間帯に来たのは、ほぼ午前中のみ。
旅客ホームに入って、列車を数本待避します。
JR貨物さん「EF81形・更新色」
交流電圧区間ですが、通常片パンのところ、
すでに2個のパンタグラフを上げております。
「特急アオサギ4号」が追い越します。
デザインさえ国鉄の塗り分けだったらなぁ。
「特急雷鳥8号」も追い越します。
JR西日本さんの485系。
まだ両パン上げてた頃。
(両面パンツとか、片ヒモパンとかではありませんので)
2本も特急に抜かされ、
ようやく貨物列車も発車かな。
貨物列車にも抜かされました。
JR東日本さんのオカマ特有の赤色になった
「EF81形146号機」に負けたローズピンク。
なぜか東日本さんの機関車が担当していた貨物列車です。
こちらはJR西日本さんの「EF81形」
何やら1両だけ引っぱってます。
「マヤ検」こと「軌道検測車マヤ34形」
客車なので、自力で走れません。
「特急日本海4号」
ドマニアの聖地・メインはだいたい午前中でしたね。
「雷鳥」と「加越」
一般の方は、同じ電車に見えますね。
ドシドシダシマス。
「413系かな?
寒冷地を走った国鉄形は
だいたい、出入り口と客室が分かれた
「デッキ」付きですが、
この車両は車体だけ新製して、
構造がめんどくさいデッキが無くなりました。
無い車両だったと思います。
「特急アオサギ」
ヘッドマークが元々青色ベースなので
マーク自体が目立たなくなりました。
パノラマグリーン車は、
ヨダレカケを付けたようなデザインに。
早くも後継車両となった
「特急サンダーバード・683系」
681系のとぼけた顔から、
ちょっと睨みをきかす顔になりました。
ボンネット車も、まだまだ健在でした。
しらさぎに使われていた「489系ボンネット車」は
仕事が無くなり、団体列車にシフトしました。
雨ニモマケズ、ハゲニモマケズ
撮り続けた聖地巡礼写真は
次回も続きます。
大好きなブーちゃんを
押さえ込むノンノちゃん。
今日はこの辺りで失礼します。